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ピース・インタビュー Vol.4

みんなが仲良くする日を、日本から世界に発信したい。

藤田 香織/Friendly Day International代表

4月14日が何の日か知っているだろうか?人や動物や樹木もみんな仲良くしようという414フレンドリーデーだ。この日を知った時、きっと海外のどこかの国で誰かが考えた日を日本でもやっているんだろうと思った。ところがそうではなく、大学を卒業したての若者が思いつき、内定の決まっていた会社には就職せず、多くの人を巻き込みながら始めたという。この記念日、「4.14 Friendly Day」を立ち上げたのが、藤田香織だ。

たった1人で、ゼロからの挑戦。その行動力の源泉は何なのだろう?まさにゼロから記念日を作り始めた藤田さんに、その想いを聞いた。
文/関根健次 取材/2006年10月20日

■プロフィール
1979年生まれ。幼い頃より、国際交流に興味を持ち、「ことばを超えて、世界中に友だちを作りたい」と学生時代に国際交流事業に関わる。大学卒業後、株式会社スーパープランニングと出会い、同社が展開しているソーシャルキャラクター「ミスターフレンドリー」のコンセプトに共感し、独自でフレンドリーデーインターナショナルを立ち上げる。以来、若者に受け入れられるCOOLなかたちで、さまざまなLOVE&PEACEをコンセプトとしたイベント、プロジェクトを展開中。


――「4.14 Friendly Day」とはどういった日なんですか?
簡単に言いますと、「みんな仲良くしようね」という日なんですけど、仲良くする対象が人だけじゃなくて植物とか鳥とか全ての生き物が仲良く出来たらいいねと願う日です。

――何とかデーというと「アースデイ」のように、海外から始まったものが日本でも行われるイメージを持ちますが、「Friendly Day」も海外で始まった日なんですか?
いいえ、日本から始まったんです。立ち上げ当初からご協力いただいている株式会社スーパープランニングというデザイン企画会社に企画を持ち込んで、一緒に立ち上げました。

――どういう経緯でフレンドリーデーを立ち上げようと思ったんですか?
最初のきっかけは高校生の時に同年代のオーストラリア人学生のホストシスターになったことですね。外国人とコミュニケーション取るのがここまで楽しいんだってことを知って、国際交流に興味を持ちました。

それから大学に行って就職活動しようという時に、日本では全く就職活動をしませんでした。大学時代に勉強したことを生かせない、どこかで妥協せざるを得ない日本の就職活動を疑問に思っていて、私自身それに順応出来ませんでした。当時の私は、「わたしは女性で、いつかは結婚して家族を持つと思うと、自分のやりたいことを精一杯出来る時間っていうのは数年から10年足らずしかない」と思い、自分のやりたいことを追求しよう、と別の道を探したんです。それからしばらく自分のやりたいこと、すべきことを模索する日々が続きました。

ある時、たまたまミスターフレンドリーのキャラクターの商品タグを発見したんです。そこに、「世界中の人々にハッピーを届けたい!」と書いてありました。ミスターフレンドリーの想いは私の想いと同じだった。だからこの商品を作っている会社に行けば想いが通じるはずだと思って、企画書を書いて、ミスターフレンドリーを販売しているスーパープランニングに持ち込んだんです。

――企画を持ち込んだ時には、ドイツに行かないことは決めていたんですか?
はい。もともと日本で何かをクリエイトしたかったんです。フレンドリーデーのプロジェクトは、自分の母国で、且つ母国語でクリエイト出来る、わたしにとっては絶好のチャンスでした。これを日本でやろうと思い、ドイツ行きは止めました。

――就職しないことに不安はなかったですか?
なかったですね(笑)。働こうと思っていたドイツの会社は世界的に有名な企業でしたが、こちらの方が先が見えずに不安でしたね。それより自分の力でゼロから何かを立ち上げて、芽を出して、花を咲かせることを22歳で経験出来るということが嬉しくって、あの当時は期待しかなかったですね。

――どんな企画書だったんですか?どんな反応を期待していたんですか?
企画書を書いたことがなかったので、学生向けの企画書講座に行って初歩的なことから自分で勉強しました。(笑)。覚えたての頼りないパワーポイントで、自分の想いとやりたいことを列挙して、持ち込んだんですね。企画の趣旨は、フレンドリーデーを一緒にやりましょうという内容でした。

そして、すぐ会社内の社会貢献事業部としてやろうということになり、一旦はスーパープランニングに入ったんですよ。でも、企業の事業部としてやっていると、「会社の営利のためにやっているんでしょ」っていう反応を常に感じていました。それでやりにくくなってしまって、「別々の組織としてコラボレーションしながら出来ないでしょうか」とお願いして、組織を独立させてもらったんです。それで創ったのが、NPO フレンドリーデーインターナショナルです。

――独立したってことは、お金の面では大変になったんじゃないですか?
そうですね。ただ、スーパープランニングが引き続き事務所の提供や、デザインなど協力してくださっているので、なんとか活動出来ています。また、リユースTシャツプロジェクトも資金源のひとつになっています。

――そのようなスーパープランニングの協力を得て、2004年の4月14日は、本格的なフレンドリーデーを行ったんですよね。その時はどんな様子だったんですか?
2004年は東京駅の構内のイベントスペースを借りて、エコ商品を展示したり、フレンドリーデーを紹介するポストカードを配りました。あとは学生を集めてパレードをやりました。東京駅周辺を練り歩いて、フレンドリーデーの宣伝をしました。

――やってみていかがでしたか?
あまりしっくりきませんでした。私がやりたいのはパレードでも、ただの展示会でもないんです。もっとアーティストと密に組んで、いろんなプロジェクトを起こしていきたいという気持ちがあったんですね。

――2004年の経験は、2005年のフレンドリーデーにどう生きたんですか?
2005年からは変わりましたね。2004年の経験があったので、次は414フレンドリーデーをどうブランディングしていけばいいのか、明確になりました。具体的には演出の方法を変えました。2005年は日比谷公園でやったんですけど、音楽ライブを初めてやったんですよ。意識が近い人たちとライブを一緒にやることで、参加者の意識がもっと強くなったと思います。この時は2、3時間ぐらいのイベントで延べ1,000人ぐらいの人が来てくれました。

2006年のフレンドリーデーは、代官山でやりました。アート、デザイン、音楽をテーマに、音楽ライブだけでなく、アーティストとのワークショップや、様々な展示会を開催しました。具体的に何人の子どもを救えた、というような明確な数字は出せないんですけど、「みんな仲良くしようね」っていうメッセージは伝えられたと思いますし波を起こせたとは思っています。

――4月14日のイベント以外はどんな活動をしているんですか?

リユースTシャツをはじめとする、リユースリサイクルプロジェクトの推進、そして、LOVE&PEACEインスタレーションを開催しています。中でも、リユースTシャツプロジェクトは以前から行っているのですが、今年9月から伊藤忠商事とのコラボレーションによってTシャツの物々交換プロジェクトを始めました。

「3 FOR 1 リユースTシャツプロジェクト」といって、3枚要らなくなったTシャツを送ると、リユースTシャツ1枚がもらえるという仕組みです。





――2007年のフレンドリーデーの企画はもう立てていますか?今後はどんな展開を考えているんですか?
2007年も同じく代官山でやるんですが、これから具体的な企画を作っていくところです。

今後は、もっと多くの国で414フレンドリーデーを開催したいですね。どんどんいろんな所でやって、みんなで仲良くしたい。そう思っています。

――ありがとうございました。

藤田 香織さんより、記事を読んでいただいた方へのメッセージ

世界中の人が一斉に笑う瞬間を信じますか?そんな一瞬を夢見て、一緒に世界を創っていきませんか?

参考サイト

FRIENDLY DAY INTERNATIONAL


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