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南青山のオフィスに彼を訪ねると、ピースボートに数日前まで船上講師として乗っていたということで、秋だというのに日焼けをして真っ黒だった。サンフランシスコから10日間乗船してきたそうだ。その前にはアメリカの原住民、ナバホ族と1週間ほど生活し、さらに前にはイランに取材に行くなど世界中を飛び回っている。
伊藤 剛は、多彩なクリエイター集団、有限会社ASOBOTの社長だ。会社の経営者として食うための仕事をこなしながらも、未来を自分たちが願うカタチに変えていくために、メディアのプロデューサーとしてプロジェクトを次々と立ち上げている。
若者が世界のことを考えるきっかけを作りたいと、2004年からは「GENERATION TIMES」いうジャーナル・タブロイド誌を発行。さらに2006年9月からは全く新しい教育プロジェクト、「シブヤ大学」を発起人の一人として立ち上げた。「今の大人社会は思考が停止してしまっている」と嘆き、若者が考え始めるきっかけとなる「スイッチ」を世の中に発表している。
彼と僕とは同い年で、以前とある講座でクラスメートとなった仲。ユニークな方法で若者の意識を変えようとしている彼の考えを、以前から聞いてみたかった。彼の「世界の変え方」を聞いてみた。
文/関根健次 取材/2006年10月25日

■プロフィール
1975年生まれ。有限会社ASOBOT 代表取締役。大学卒業後、広告代理店勤務を経て2001年12月に独立。年3回発行のジャーナル・タブロイド誌、GENERATION TIMES編集長(4万部発行)。「シブヤが大学になる」シブヤ大学発起人、理事を勤めている。
――ジェネレーションタイムズを作ることになったきっかけは?
20代前半の学生の頃、旅が好きでいろんな所に旅に行ってたんですけど、旅で出会った現地の人や旅行中の人と話して思ったことは、「俺、何も知らないな」ということでした。例えばゲストハウスで誰かと知り合って、「あのカフェの娘、可愛かったね」なんて話をした後に、「そういえばお前の国の教育制度ってどうなってるの?」って質問が「ポーン」と来る。もちろんまともになんて答えられなかった。日常的な会話と社会のこと、政治のことなんかが同じ土台に語られている事実を知って、とてもカルチャーショックを受けたんです。日本で急に「中東問題ってさあ」なんて切り出そうものなら「はぁ?」みたいになっちゃいますよね(笑)。
今思えば、その頃感じた「温度差」をどう自分の中で埋めていくかということが、ジェネレーションタイムズを始める長い意味でのきっかけだったと思います。まずは自分の中で、大好きな音楽もファッションも、政治のことも経済のことも同じように考えるということを日常的に携えたいなと思いました。
――ちなみに、どこを旅したんですか?
大きく区分けすれば、ユーラシア大陸。何回かに渡って横断したんですけど、アジア、中東、ヨーロッパと本当にいろんなところに行きました。いろんな刺激があったし、その国のことを知れて面白かったですけど、自分よりも日本のことを詳しい外国人がたくさんいることや、「自分の国のことさえ何も知らない」ということを痛感し続ける旅だった気がします。
――バックパッキングが流行り始めたころですかね?そういった旅って大学の勉強と関係はあったんですか?
あったといえばあったのかな? 法学部のゼミでは国際法を専攻していたんですけど、そこのゼミ長だったんです。それで、「ゼミの課題は旅だ」って決めて、旅で得た内容を論文にするってことにしてしまって。無茶苦茶だったんですよ(笑)。
でも、このゼミに入っていたお陰で行けた国もあった。例えば当時シリアって国には容易に入れなかったんですけど、教授が「学術目的です」という推薦状を大使館に書いてくれたから入れたとか。とにかくこの頃の旅が原点ですかね。大学卒業後は広告代理店の営業になり、楽しかったんですけど、1年3ヶ月勤めて辞めてしまいました。
――辞めるの早かったですね。
早かったですね。苦労して就職活動したんですけどね。別に仕事に不満はなかった。辞める理由もなかった。ただある時、「今の自分って何も失うものがないんだ」ってことに気付いたんですよね。地位もないし、名誉もないし。失うのはたかが二十数万の給料だけ。そう考えたら楽しくなっちゃって。例えば自分がインドに初めて行くとき、不安もあるけど「そこで自分はどんなふうに行動するんだろう」とか想像するとワクワクしますよね? それと同じで、この社会の中に自分が一人で肩書きもなく「ポーン」と放り出されたら「どうなるんだろう?どんなことが出来るんだろう?」ということを想像したらワクワクしちゃったんですよ。突然スイッチが入っちゃったんですね(笑)。
それから、今に至るまではいろんなことをやりました。ライターとして旅していた時のことを雑誌に寄稿したこともあったし、CS番組の構成作家やサブカル誌の編集者なんかもやりました。そうやってメディアに関わっていた時に、9.11が起こったんです。
この出来事に対する衝撃ってみんなと同じだったと思います。見たことない映像を見て、これから世の中どうなっちゃうんだろうって。自分もただ唖然としてました。そんな時に雑誌の編集会議をやっていたんです。でも、どのタレントを表紙にするかなんてことはどうでもいい事じゃないかと思ってしまって。今伝えたいことはそんなことじゃないなと。世の中では同時進行でいろんなことが起こっていることを改めて気付かされてしまったんですね。
旅していた頃の感覚が戻ってきて、もう一度自分の中でこういったこととちゃんと向き合いたいなと思ったのを強く覚えています。旅で出会った世界中の同世代と再会して、思いっきり語り合いたいと。「何かを伝えたい」とか正義感とかいうことよりもね。それから大量生産で、要らない物があふれている時代に、本当に自分たちがいいとか欲しいと思うものをクリエイトしていこうと思い、作ったのがASOBOTです。
――起業してしばらくしてジェネレーションタイムズを発行していますが、どういう目的で作ったんですか?
自分たちの未来を一緒にクリエイトしていくパートナーを見つけたかったんです。まずはそういうきっかけ作りの「場所」が欲しいと。普通のメディアのように「紹介しただけで終わり」ってことじゃなく、「出会いから次のプロジェクトにつながっていく」というまさに「旅」みたいなイメージは最初から持っていました。
それと、「共犯者」作りをしたかったんですよね。取材していると、いろんなことを知って、諦めたくなるような現実がたくさんあって、こんなことが起こってるんだったら「自分で未来を変えるのは無理かも」って思ったりします。要するに一人じゃ抱えきれないわけですよ。だから「はい。皆さん知っちゃっいましたよね」みたいに共犯者作りをするメディア(笑)。「僕も考えるけど、みんなも一緒に考えてよ」っていうことですね。
そこからメディアのプロとして、誰に投げかけていこうとか、どういう気持ちを持ってもらいたいかとかを考えていったんですけど、ターゲットは若い人だろうなと。若者は、まさに未来そのものですから。そう考えたときに、ファッション感度の高い原宿あたりにいるような若者たちにも読んでもらいたいと思ったんです。それで「原宿から世界を変えていく」というタイトルの企画書を作って、ラフォーレで配布することになりました。
――原宿の若者にこだわった理由は?
あそこにいる若者たちに届かないことをやったって、分かる人にしか分からないものにしかならないかなって最初から思っていました。一部の人にしか分からないものを作るのはつまらないし、それは自分の仕事じゃないと思いまして。
――普段は難しいこと考えない若者ってことですよね。彼らにメッセージを届けるのって大変じゃないですか?
今の若者の直感って侮れないですよ。海外旅行に行くときに、例えば「地球の歩き方」を買いますよね?こういうご時世だからまず治安のことを調べて、それから宗教的に「サンダル履いても大丈夫かな」とか服装のことも考える。当然予算は大事だから通貨レートも調べます。そういうことと同じように「美味しいレストランはどこだろう」とか、「観光スポットはどこがいいかな」ということも調べる。要するに、外国へ行く時はどんな人でも全てを同じテーブルに乗せて考えているわけですよ。その国の政治状況とおいしいレストランがちゃんと同じテーブルに乗ってるんです。この感覚を情報発信する側が持ってさえいれば、若い読者も世界の出来事を自分と関係あることとして捕らえられると思ってるんです。
――読んだ若者にどんな反応を期待しているんですか?
ジェネレーションタイムズの表紙に「新しい時代のカタチを考えるジャーナル・タブロイド誌」と書かれているとおり、考えるきっかけになればいいと思っていますし、それ以上のことはメディアでは出来ないと思っています。無関心から「無」を取る作業というのがきっとメディアの役割。あんまり説教くさいのは、僕自身も読みたくないですし(笑)。
僕が今一番社会で問題だと思っていることは、あまりに情報が多すぎて思考が停止してしまっているということ。メディアがこう言えば右に倣えで、ある意味危ない社会だと思います。だから、同じような事件の連鎖反応もすごい。みんなが考え出してどうなるかまでは分からないですが、少なくとも考えはじめることは重要。とにかくジェネレーションタイムズでは、考える「きっかけ」、思考を始める「スイッチ」は置いておきますよっていうスタンスでやっています。
――スイッチって面白い表現ですね。読者の反響はどうですか?感想とか来ますか?
感想は想像以上に結構来ますね。やっぱり、若い子たちって鋭いなって思います。「本当のことを知りたいんだ」っていう欲求を持っている。彼らはマスメディアに対する胡散臭さを言葉に出来なくても薄々感じているんですよね。だから「世の中って自分と関係あるんだよ。自分が世界を作っていけるんだよ」っていうように、背中を押してあげるようなものがあれば、ちゃんと反応するんです。
――なるほど。シブヤ大学もやはり考えるきっかけ作りということですかね?
これも一つのメディアとして捕らえていますけど、音楽の小さなライブハウスみたいに顔を合わせる中で何かを伝えていければと。シブヤ全体を学べる装置にしたかったんです。街ごとスイッチみたいな(笑)。
――こちらはどういうきっかけで作ることになったんですか?
以前、ジェネレーションタイムズの創刊号でグリーンバードの代表で渋谷区議会議員のハセベケンさんと出会ったのがそもそものきっかけですね。彼を取材した次の号で渋谷区の街の特集をやって、彼がその号を面白いなって言ってくれて、盛り上がったんですよ。「街全体をキャンパスにしよう」というコンセプトを彼は持っていて、うちはそれを具体化していくための企画作りをやることになったんです。
――ジェネレーションタイムズでパートナーを見つけたんですね。実は先日、シブヤ大学の講座に参加してきましたが大盛況でしたよ。すごいこと始めたなぁと感心しました。
シブヤ大学はすごい。一気にジェネレーションタイムズの知名度を抜いていきましたね(笑)。ほとんど告知していないのに、30〜50人の授業がウェブにアップして数時間後には満員になっちゃう。「みんなどこで知ったの?」って驚くくらい。
――要するに、みんな本物の情報に飢えているんですよね。
そう。みんな求めているんだと思います。リアルな情報であり、リアルなつながりを。漠然とこの世の中に対して不安も持っていて、みんな意識しているかどうかは別にして、「本当のことを知らなきゃ」っていう時代感は確実にあると思います。
――今後、シブヤ大学をどうしていくつもりなんですか?
特別講師をイベント的に呼んでパーっと人を集めるやり方は打ち上げ花火みたいなものでしかない。そこで考えたのは、「生徒が先生になれる」というコンセプト。基本的に先生になれる人はシブヤに関係ある人に限っていますが、区民がそれぞれいろんな知識を持っていて、そういった知識をひとつの資源としてシブヤ大学を通じて表に出していく装置になっていきたいですね。ミクシィのようなネット上のSNSよりも、現実世界のSNS。ソーシャル・ネットワーキング・スクール(笑)。10年続いたら、こんな大都市でもみんな顔見知りになって、お互いに声をかけ合えたら最高ですね。
――ありがとうございました。
「未来のことを考える」って聞こえはいいですが、一歩間違えると空想や理想だけになってしまいがち。「今日生きたようにしか明日は来ない」。明日につながる今日を、まずは生きて欲しいなと思います。
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