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「日本のNPOにはなかなか寄付が集まらない」と、言われ続けている中、「日本における寄付文化の創造」をミッションとするNPO法人チャリティ・プラットフォームが2007年5月に設立された。理事長を務めるのは、NPO法人ドットジェイピーを設立し、日本にインターンシップを根付かせた第一人者である佐藤大吾氏。
学生時代に株式会社を立ち上げ、NPOの経営にも携わってきた彼は、寄付文化を創造するために、チャリティ・プラットフォームでどのようなアクションを起こしてゆくつもりなのか。佐藤氏のドットジェイピー時代の経験から、チャリティ・プラットフォームの今後まで、お話を伺った。
文/小堤 音彦 取材/2008年7月16日

■プロフィール
1973年大阪生まれ。大阪大学法学部中退。1996年 企業へのインターンシップ事業を創業、2001年に会社売却。2003年に再び独立し、(株)ヒューマン デザインオーソリティを設立。この間、1998年、議員・役所へのインターンシップ事業に特化したNPO法人ドットジェイピーを設立(2000年法人化)。2007年5月に「NPO法人チャリティ・プラットフォーム」を設立。2007年12月に理事長就任。
著書に「オモシロキ コトモナキ世ヲ オモシロク」(サンクチュアリ出版)、「タネダミキオでございます」(新潮社)、「人生のプロジェクト」(サンクチュアリ出版)がある。
――まず、チャリティ・プラットフォームの事業内容について教えてください。
一般的にNPOリーダーには、(1)現場業務の統括、(2)人材や資金の開拓、(3)メディアPR、(4)行政府へのアドボカシー、という役割が求められます。多くのNPOは創業者の原体験がもとになって設立されているため、特にその原体験から感じた社会問題を解決するための現場活動に集中する傾向が強いといえます。活動を継続し、発展させるためには自らが先頭に立って現場活動を推進するとともに、現場を支えてくれる人材、資金を集める必要があります。そして人材や資金を集めるためにはメディアを活用して広く世間に協力を呼び掛ける必要があります。また、その社会問題を解決するために行政府に働きかけて政策転換をはかることも大切ですが、なかなかそこまで十分に活動できているNPOは多くありません。私たちの使命は、「あと少しの支援が得られたら大きく飛躍できるのに」というNPO を支援するNPOとして、2〜4を支援することにあります。
――なるほど。では、4月にチャリティ・プラットフォームの支援によって「災害即応パートナーズ」が発足しましたが、ここではどのような役割を果たしたのですか。
今まで、海外で発生した紛争や自然災害に対して、NPOがすぐさま現地に駆けつけ、支援活動を行うための公的および民間での資金助成制度はありました。しかしながら、国内で発生した地震などに即座に対応するための資金助成制度がなかったので、複数のNPOに呼び掛けて研究を開始しました。チャリティ・プラットフォームはこの研究費用、準備活動費用、および万が一国内で大規模災害が発生した時の初期活動費用のための資金を準備させていただきました。しかしながらこの資金だけで、大規模災害に対応できるはずがありません。これからはさらに多くのNPOとともに、多くの賛同企業、賛同個人の方々に協力を呼び掛けていきます。
今回チャリティ・プラットフォームが果たした役割として、資金を提供することだけでなく、複数のNPOが連携して事業に取り組むきっかけを提供できたことに意義を感じています。このようにチャリティ・プラットフォームは、NPO同士をつなげるオーガナイズ機能を果たしたいという考えを持っています。NPOのひとつひとつは規模が小さく、個別に意見を出しても市民・行政・企業・政治家の耳には届きにくいものですが、皆が力を合わせて声を出せば、かなり大きな声となって、無視できなくなるのではないかと思います。このように同じ問題に取り組むNPO同士の連携を促進していきたいと考えています。
――佐藤大吾さんご自身についてお伺いします。なぜチャリティ・プラットフォームを立ち上げようと思われたのですか。
もともと私は民間企業のインターンシップ事業を推進する株式会社を経営していました。そのうち、企業だけでなく役所や議員事務所でのインターンシップもできるのではないかと考え、議員インターンシッププログラムも始めました。ところが、企業と違って議員事務所のインターンシップでは大きな利益を生むことができないどころか、赤字になってしまいました。株式会社の経営者としては不採算事業を継続することは難しかったのですが、とてもありがたいことに議員事務所やインターン生のOBからは、さらなる事業の継続と発展のために協力してくださるという声をたくさん寄せていただき、NPO法人として独立させました(NPO法人ドットジェイピー)。
実はその当時私自身はNPOそのものについてはそれほど関心がありませんでした。マネジメントの手法・人事制度・営業戦略は、全て民間企業の手法を取り入れていましたし、仕事の相談に乗ってくれる人もすべて企業の方ばかりでした。そのひとりが村上世彰氏です。
――チャリティ・プラットフォームの理事に「村上ファンド」で有名な村上世彰さんがいらっしゃいますが、出会いはそのときだったのですね。
出会ったのはまだ通産省在籍中の99年で、NPOについていろいろと話をしました。NPOを支援する活動をしようという話になったのは2004年からです。「今までに何度かNPOに寄付をしたことがあるが、2年3年と継続して支援をしたくなるような実感がなかなか得られない」と言われました。NPO側が寄付者に活動をきちんと報告することは、株式会社が株主に対してIR活動を行うことに似ています。上場企業は広く一般に情報を開示することで信用と賛同を得て、株価を高く維持していく。多くの支援を獲得するために、NPOにもこうした考えや取組が必要だと感じました。
しかしながら多くのNPOは、現場活動で多忙を極めており、支援者を開拓し、ケアするための余力がない。二人で議論を重ねるうち、海外にはNPOの支援者開拓を支援するNPOが数多く存在することを知り、国内初となるNPOの資源開拓に関する中間支援団体を作ろうという話になりました。2004年から約2年間研究を続けていたのですが、いざこれからというときに村上氏が逮捕されてしまった。その後連絡があり、「NPO支援についてはあきらめていない。本気でやりたい」と言われました。これまで議論してきたことを無駄にしたくなかったし、NPO支援とこの事件とはまったく関係もない。「では予定通りやりましょう」ということで、2007年5月に法人化しました。
――なるほど!事件が起きる2年も前からの構想だったのですね。
では、そもそも96年にインターンシップ事業を創業しようと思ったのはなぜですか。
96年といえば、私自身が就職活動で、企業に関心が出てきた頃です。ご存じない方も多いと思いますが、当時はまだ“就職協定”というものがあって、企業と学生が接点を持つことがとても難しかったのです。しかし、その協定が97年になくなり、学生が企業のもとで学習できる可能性が一気に広がったのです。
私が在籍していた大学には就職部というものがなく、情報がほとんど流れてこない。どこも働いた経験がなく、どんな仕事があるのかも知らない状態で面接に臨み、「御社が第一志望です、営業職がやりたいです」ということにとても違和感があった。そこで、「お給料はいりませんので、一度働かせていただけませんか?」という活動を1年半くらい行いました。今考えるととても迷惑な話だと思いますが、とてもいい経験でした。
企業で働く僕の様子を見て、同級生や後輩たちが「自分もやりたい」と言ってきました。インターン先の社長も「もっと連れて来ていい。社長仲間も紹介してあげる」と言ってくれたので、どんどん広がっていきました。
――アメリカのインターン制度を日本に持ってきたのではなく、ご自身の経験をもとに事業を作っていった、と。
そうですね。僕自身の実体験がもとになってインターンシップ事業を進めました。アメリカで100年もインターンシップの歴史があるなんて全然知りませんでした。それを知った後は当然現地にもわたっていろいろ研究をし、いい部分は取り入れ、オリジナルな部分も付け加えて、事業を加速させていきました。
――その後、その会社を売却されたそうですが。
いくつか理由はありますが、2001年のある団体の発表データによると「東証一部上場企業の34%が、インターンシップを導入済み、あるいは導入する予定である」とありました。夢中でインターンシップの普及促進に取り組んでいましたので、そのデータを見た時になんだか大きな達成感を感じてしまったことも理由の一つです。
それに当時の企業にとってインターンシップは広い意味、狭い意味いろいろありますが、要するに「いい人材を採用するための戦略的取り組み」であったのです。別の言い方をすると、企業がいい人材を採用するためにはインターンシップだけでは足りないということでもあります。インターンシップのノウハウは構築できても、企業の採用活動全般をカバーするためのノウハウはまだまだ不十分でした。自分たちで身につけていくよりも、すでにノウハウを持っている企業と一緒になったほうが、より大きな仕事ができると感じたのです。
しばらくは売却先の会社で企業の採用活動を成功に導くためのインターンシップを推進するべく勤めていたのですが、次第に私の中で「インターンシップは企業の採用のための取組でいいのだろうか」という疑問が生じてきました。「いやいや、人材育成、キャリアアップのためのプログラムではないか」という気持ちがだんだん強くなっていき、次第にキャリア教育の領域に私の興味が広がっていき、キャリア教育事業を行うため、二度目の独立へとつながりました。
――インターンシップが定着したと実感されたのですね。では、今後は寄付文化を創っていくにあたり、どのような指標で測るのでしょうか。
在アメリカの個人寄付市場は約20兆円、これに対して日本の個人寄付市場は2000億円であり、法人寄付とあわせても7000億円です。これを10兆円までもっていきたいですね。そのためには「寄付をするのは楽しい」という実感をいかに寄付者にもってもらえるかが大事だとおもいます。
そして私たちだけでなく、NPOにとって最大のテーマは、「継続支援の獲得」だと考えています。企業でもお店でもリピーター、常連をいかに獲得するかが重要であるのと同じで、寄付者が満足してくれれば2年目もその先も継続的に支援してくださるはずです。
――インターンシップが日本に定着したことを知って、事業を売却されましたよね。「寄付文化が定着した」と感じる日はくるのでしょうか。
確かに数字の上でもインターンシップが根付いたといえるものになっていましたが、それ以上に「インターンシップ」という単語が学生の間、企業の採用担当者の間で話題にのぼることが増えたこと、メディアでインターンシップという文字が掲載されることが増えたこと、そういう日常生活において「ああ、インターンシップが根付いたんだなあ」実感を抱きました。寄付文化の定着をデータで測る方法もあると思いますが、どれだけNPO、寄付、社会的活動に関する話題が人々の口にのぼるか、ということで実感するのだとおもいます。
――ありがとうございました。
この長いインタビュー記事を読んでくださったということは、社会的活動に向けて既に大きく一歩を踏み出してくださったということです。あともう一歩踏み出して、NPOと関わっていただけたらうれしいですね。たとえば気になるNPOのホームページを見る、メールを出してみる、ボランティア参加してみる、小口の寄付をしてみる。NPOと直接かかわることで世の中の問題に無関心じゃいられなくなる。自分は何ができるだろうと考えるようになります。そして自分にもやれることがあると実感し、人から必要とされる喜びを得る。NPOとかかわるということは、社会における自分の役割を見つけることにもつながります。
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