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平和へのメッセージが込められた楽曲、「地球兄弟」。音楽家、河口 恭吾さんが作詞作曲したこの曲が、広がりを見せている。8か国40組のアーティストが賛同し、それぞれの平和へのメッセージを託して、歌っているのだ。
平和のメッセージをもっと広めたいと自身の著作権を放棄して、「地球兄弟」を誰でも歌えるように開放。「地球兄弟プロジェクト」を立ち上げた。多くのアーティストを巻き込みながら、平和を伝え、考える活動を立ち上げた、河口さんにその想いを聞いてみた。
文/関根 健次 取材/2008年8月20日

■プロフィール
1974年10月1日生。栃木県出身。2000年にデビュー、2003年2月にリリースした1stアルバムの収録曲「桜」が有線放送、ラジオ局、CDショップに問い合わせが殺到、12月にはシングル「桜」をリリースし、子供から大人まで幅広い年齢層に支持される。2004年末には初のNHK紅白歌合戦出場と日本レコード大賞にて金賞、作曲賞を受賞。2006年、「普通に生きてゆく事は意外と難しい」をリリース。このアルバムに収録された楽曲「地球兄弟」は平和への願いを込めて創られており、テーマに賛同した人達と共に「地球兄弟プロジェクト」を立ち上げた。
――地球兄弟プロジェクトがどのようなプロジェクトなのかご説明いただけますか。
一言で言うと、音楽を通して、平和について考えようというプロジェクトです。
何年か前にフィリピンのスモーキーマウンテンに行き、そこで児童労働をする子どもたちに出会ったことがきっかけで始めました。貧困とか格差とか、日本ではあまり感じないまま生活してきたんですけど、フィリピンに行って、何というか、心が痛いぐらいリアリティーをこの胸で感じたんです。それで、僕自身にできることといったら、音楽ですから、音楽を通して何かしたいと思い、始めたんです。
――フィリピンにはテレビ番組の収録で行かれたんですよね。
そうですね。その番組は、僕らは同じ空の下で生きているというのがテーマで、役者さんとかタレントさんがアジアに行って、感じたことをレポートするという番組なんですが、たまたま僕が行くことになった場所がフィリピンだったんです。
――いつ頃のことだったのでしょうか。
2005年12月です。
――それで、地球兄弟プロジェクトは、いつ開始されたんですか。
2007年1月です。フィリピンから帰って来て、ちょうどアルバム制作をしている時期だったんですね。それで平和についての楽曲、「地球兄弟」を書いて、ツアーとかで歌ってたんです。ある日、この曲をいろんな人に歌ってもらえたなら、もっとこの歌に託した平和へのメッセージが広がっていくんではないかと思い、地球兄弟をプロジェクトとしてやろうということになったんです。
――多くの人に歌ってもらうために著作権を放棄されたんですよね。実際に始めてみて、参加アーティストさんはすぐに集まったんですか。
始めて見ると、カバーしたい、してもいいよという人が結構いました。現在では8カ国40組のアーティストが参加してくれています。日本で活動しているアーティストが中心なのですが、外国人のアーティストの中には、ご自身の母国語で歌っている方もいます。それぞれが、それぞれの解釈をして、歌詞を変えて歌っているのですが、平和のとらえ方が国によって大分違うんですよね。日本人の考える平和と、他の国の方が考える平和とで、とらえ方や視点が違うということは、とても興味深いことですね。
――平和を考えるということも大切ですが、それぞれの考え方の違いを知るということも大切なことですよね。地球兄弟プロジェクトをやってみて、どんなところが良かったと思いますか。
やはりいろんなミュージシャンや、聞いてくれるお客さんとつながれたってことは、良かったと思いますよね。僕もこういう活動って経験が浅いので、みんなと話ながら学んでいくことが沢山あります。
――活動を始めて、ご自身の変化やまわりの変化は。
地球兄弟という名前でライブイベントをやっているんですが、最初は肩に力が入っていましたね。それが、だんだん自分自身の音楽活動と平行して、普通のこととしてやれるようになったことは、良かったですね。頑張ってやる活動も意味があると思うのですが、当たり前のようにこういう活動を続けることも大切かなと。参加アーティストの皆さんと一緒に学びながら成長していけたらいいなあと思いますね。
――自然体でやっていくことは、長く続けるには重要ですよね。私が先日聞いた話ですが、これまで何百、何千万本もの植林をされた方が、「あたなにとって植林活動は何ですか」と問われて、「三度のご飯と同じようなもの」というような意味のことを言ったそうです。それはそうと、地球兄弟として、最近ではどのようなイベントを行ったんですか。
中国出身の参加アーティストの方から、四川で大地震があったからチャリティーライブをやりたいという申し入れがありました。日本でも東北で地震がありましたので、この2か所の支援のために、日本各地で寄付金を募ろうというライブをやりました。
これまでは、あくまで「平和について考えよう」ということがやりたいことだったので、お金を集めることについてはやってこなかったんですね。今回初めてやって、沢山の方が寄付金を募金箱に入れてくれるのを見て、メッセージが伝わったんだろうなと実感することができました。
――きっかけとなったフィリピンへの支援は、これまで行いましたか。
まだできていないですね。今後再訪問する話もありますが、まだ分かりません。ただ、これまで活動をやってきて、日本にも沢山問題あるよねってことが見えてきました。どっちが先なのかという議論は難しいですが、考えさせられます。
――そうですよね。私も海外での体験がきっかけで「イーココロ!」というサイトを始め、海外の問題を中心に目を向けてきましたが、実は日本も問題だらけなんですよね。自殺者が年間3万人を超えたとか。海外とは別の問題を抱えています。最後に聞きたいのですが、河口さん個人として、ご自身の音楽活動と、地球兄弟プロジェクトのような平和のための活動は、どのように心の中で位置づけていらっしゃるのでしょうか。
河口恭吾っていう名義で出すアルバムの中に、「地球兄弟」という楽曲を入れたことで、こういう活動が始まりました。なぜ人が、地球兄弟プロジェクトに興味を持ってくれたり、耳を傾けてくれたりするかというと、僕が音楽活動をしているからだと思うんですよ。だから、基本的には分けて考えています。自分名義の楽曲が売れることで、そこに注目してくれる人が増えて、地球兄弟プロジェクトっていうものに光があたると思うので、プロジェクトの広がりの為にも、自分の音楽家としての活動をしっかり頑張らなければと思っています。地球兄弟プロジェクトの方に偏りすぎてしまうと、プロジェクトの長期の活動が、経済的な面からもできなくなると思いますしね。
でも、共通しているのは、どちらも身近な、目の前の人に対してやっていくことの積み重ねでしかないということ。自分の音楽活動も、地球兄弟プロジェクトも、ライブでしか伝わらないことを大事にしていきたいという気持ちがあるんですよね。そういう気持ちを持って、楽曲制作も、地球兄弟プロジェクトもやっていきたいなあと。
遠く将来のこととかも考えたりするんですが、結局、今この瞬間にしか生きれなくって、お会いしている人としか直接話ができない、会話することができないですよね。この関係性の中で、どういうメッセージを自分が伝えていくかということが、大切なことなんじゃないかなあと感じていますね。
これは地球兄弟プロジェクトで平和のメッセージを伝え始めてから、自分の音楽を振り返ったときに、「あっ」って気づいたことです。
――ありがとうございました。 地球兄弟の平和のメッセージが広がり、海外でもツアーが展開されていくといいですね。
出来ることからから少しずつで良いので、行動してみることが大切なような気がしています。僕もそうでしたが、踏み出すことでまた新しい発見や出会いがありました。
ぜひ地球兄弟プロジェクトにも興味をもってもらえると嬉しいです。
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