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ピース・インタビュー Vol.17

死のテクニックは、もういらない。「生きテク」で、世界から自殺をなくす。

オキタ リュウイチ/「生きテク」代表

毎年、自殺者数は3万人を超えている。ネットでは、「自殺」と検索すると、おびただしい数の「自殺の方法」が紹介されている。この現状を変えるために、生きるテクニックを公開する「生きテク」が立ち上がった。「自殺のテクニック」ではなく、「問題解決のテクニック」を分類して公開することによって、自殺を激減させようというポジティブな仕組みだ。

「生きテク」を考えだしたのは、ポジティブなメディアを作ることにより社会的課題を解決しようと挑むオキタ氏。彼は以前、100個いいことをすると願いが叶う「ヘブンズパスポート」というツールで、15万人の中高生にゴミ拾いやお年寄りに席をゆずるなど、ゲーム感覚で「楽しくいいこと」を行動させ、「キレる17歳」というメディア報道を一年半で無くしたという実績をもちながらも、その後仕事に熱中するあまり、社会的課題の解決を何もしてこなかったことに鬱になるほど悩んだ。その彼が、自殺という日本社会の大きな課題解決に、ついに動き始めた。

オキタ氏がどのような過去を経て、「生きテク」を生み出したのか。どのようなアプローチで広げていくのか、お話を伺った。

文/小堤 音彦 取材/2009年2月6日

オキタ リュウイチさん

■プロフィール
1976年徳島県出身。早稲田大学人間科学科中退。1999年頃から「100個いいことをすると願いごとがかなう」という「ヘブンズパスポート」を開発。当時「キレる17才」と言われていた女子高生が15万人以上参加し、そのムーブメントは社会現象としてアエラをはじめとする各媒体で特集され、海外のメディアにも「日本の文化」として紹介される。現代用語の基礎知識にも用語登録されたりと、暗いニュースを1年半で正反対に変えた実績を持つ。現在は短期間で自殺者を3分の1に激減させるプログラム「生きテク」を開発。短期間で成果を出すべく、仲間とともに奔走中。普段は企業のブランディングに従事しながら、多くの企業の活性化と社会的ポジションづくりの実績を残し続けている。


――まず「生きテク」を立ち上げた背景について教えてください。
「社会的課題を解決したい」という思いが再び強くなり、2007年3月に「生きテク」をスタートさせました。

私はヘブンズパスポート以降の10年、企業の売上を上げるブランディングの仕事に従事し、すべて売上を上げてきました。しかし、「これって、自分がやらなくてもいいのでは?」と疑問を抱くようになりました。ひたすら仕事に打ち込んでいくうちに、気がついたら友達もいないし、関わったクライアントのひとつでは、社会貢献をうたっていながら被害者が出るような商品を出していた事実を後で知ったり、ということが重なり「私は一体何をしているんだろう」と、とても悩みました。コンセプトが無く仕事をしている、ただの「売上を上げてくれる都合のいい職人」になってしまっていて、もともと社会的課題を解決したかったのに、いろんな案件に没頭しているうちに、結局本質的には自分のやるべきことが何もできていないことに気がついたんです。

	――その「社会的な課題を解決したい」という思いどこからきたのですか?
私の原体験として、1999年頃に「キレる17歳」といわれる世代に売っていた「ヘブンズパスポート」というものがあります。1回いいことをすると、パスポートシールを貼れるようになっていて、合計100枚たまると願いがかなうというものです。これが、1年半で15万人が使うようになって、メディアが作り上げた「キレる17歳」という言葉がなくなりました。当時、私はメディアや社会の仕組が悪く、問題を悪化させていると思っていましたが、「メディアに取り上げられそうな、刺激的ないいニュース」をリリースすれば、社会は短期間で変えられる、と思うようになりました。そして、ヘブンズパスポートのような「仕組み」があれば世の中の課題を解決するのは実は簡単なことだと気が付き、こういうことをこれからも仕事にしていきたいと思っていました。

――ヘブンズパスポートは、いったいどうやって広めたのですか。
買ってくれたのは17歳の女子高生たちが大半でしたが、「1,000円は高い。世の中は『キレる17歳』なんだから、いいことを記録する手帳なんて絶対に売れない」と大人の人たちから太鼓判をもらったり、営業先で、目の前で名刺を捨てられて泣きながら帰ったり、宗教と間違えられて迫害されたりもしました(笑)。

知り合いが渋谷の東急ハンズに営業してくれたのですが、1年くらい売れませんでした。しかし、普通売れなくなったら撤去されると思うのですが「売れないからあなたPOP書きなさい」と言われ、送ったら拡大して展示してくれたり、アーティストのELTの持田香織さんがラジオで毎週紹介してくれたりして、徐々に広まっていきました。メディアにも取り上げられるようになって、結果的には15万人が参加するムーブメントにまで達しました。

――ヘブンズパスポートがうまくいき、その勢いで「生きテク」ができあがったのですか。
1999年頃ヘブンズパスポートが広がってきて、とある有名コンビニ店の方にお話しできる機会があったのですが、売れていないときは「売れないものは置かない」と言われていたのに、今度は「流行っているもの(今売れているもの)は置けない」と言われてびっくりしました。「じゃあコンビニに置かれているものは、いったいいつ決まったのだろう。世の中はどういう仕組みで動いているんだろう。もっと社会の仕組みを知りたい!」と思い、ブランディングの仕事などをしながらビジネスや世の中のことを勉強するようにしました。ところが、企業のコンサルティングをこなしているうちに、結果的に、私は社会的課題を何も解決していなかったことに気が付きました。それが2006年の11月頃でした。

2004年〜2006年頃は、社会的課題を解決するには、といった内容の講演などもやっていたんです。講演では、話はウケて評判が良かったのですが、結局私の話を受けて何かアクションを起こす人はいなかったので、「自分は口だけの人間では?」と思うようになりました。「こういうのをやれば、問題が解決する」と言っていても、知人に「なぜ、お前がやらないんだ」と言われて、はっと気が付きました。自分でどこか「リスクがあるから、やめた方がいい」とブレーキをかけていたんです。何かをやるにはリスクを伴います。そのリスクをいつも計算してしまっている自分がいました。

――ビジネスを通してたくさんのことを学んだ結果、リスクを計算してアクションに起こせないオキタさんがいたと。
なにも自らは社会的課題を解決しておらず、自分でなにもアクションを起こせていないことに気が付き、私は2006年11月末ごろから鬱っぽくなってしまいました。そこで、今までの業務を一旦引き継ぎして3か月時間をつくり、ひとりで会社にこもりました。しばらく自己反省、自己否定を繰り返していると、半月くらいですぐ人の目を見て話せないくらいダークになっていました。「このままいくと死ぬかもしれない」。そんな危機感も感じました。自分の存在理由がわからなくなりました。渋谷の事務所も引き払って、もう田舎に帰ってしまおうと真剣に考えました。

しかし、死んだり、田舎に帰ったりする前に、それはもったいない、その気になればやれることがあるはずだと考えるようになっていきました。うつ病の人をなおすには、「何かをしてあげるのではなく、何かその人が得意なことを頼んで、感謝する」というのがいいと聞きました。そこで、自分に得意なことを発注しようと思い、過去の原点を思い出して、何か社会変革プロジェクトを一つトライしてみようと思いました。リスクがあっても成果があった1年を過ごそう。何か一つやってみよう。

「何も知らなかった時、馬鹿だったときのほうが社会を変えることに成功した、じゃあ、成果を出す為には馬鹿になったほうがいいんじゃないか、いろんなことを忘れたほうがいいんじゃないか」と考え、忘れる訓練をしました。しばらくすると、「チーン」と頭の中で何かが鳴ったような気がして。それで吹っ切れました。そうして再起動したのが「生きテク」なんです。

――ヘブンズパスポートを原点に、多くのビジネスをこなしながらも鬱になってしまった期間を経て、「生きテク」ができあがったのですね!でも、一つ気になるのですが、オキタさんはどのようにしてヘブンズパスポートを生み出されたのですか?
それは、「仕組み」がキーワードになります。

高校2年くらいのときに、影響を受けた人物がいます。有名なマジシャンで、「デビッド・カッパーフィールド」という人です。彼にはたくさんのエピソードがあります。

「プロジェクトマジック」という、身体機能に障害がある人にマジックを教えて、リハビリに導入した方でもあります。今まで自由に動いていた腕が突然動かなくなった方に、「リハビリをしましょう」と言っても、極度に落ち込んでいて、普通はやりたがらないんです。でも、マジックの練習だったらやってみたい。気がついたらリハビリが終了しているというプログラムを考案し、現在、30カ国1000カ所以上の病院でその療法が採用されています。患者のモチベーションを上げて、社会の問題を楽しく解決するプログラムです。

また、彼の本業はマジシャンですので、自由の女神像を消すというマジックを行った際には、「なぜ自由の女神は消えたと思いますか?」と投げかけました。当初周囲から政治的・物理的な理由から、「そんなことはできない」と言われた。じゃあ、何でできたのかというと、「あきらめなかったからできた」と言うんです。「だから、この番組を見てるみんなも、決してあきらめないで」と。「なんて格好いいんだ!こんな生き方をしたい」と思いました。マジックというのは超能力でも何でもなく、仕組みがあるので100回やれば100回成功する。つまり、サイエンスなんです。この当時、「仕組み」というものはどんな不可能でも可能にするんだなということに気が付きました。

ヘブンズパスポートが生まれたきっかけとして、こんなエピソードがあります。地元で高校生の話を聞くと、悩んでいる人がたくさんいる。私は、知り合いの事業をやっているおじさん方からいろいろビジネス系の本を借りていたので、問題解決の方法についてたくさん知っていました。その内容を話すと、意外と簡単に解決してしまうんです。本の知識というのは共有しやすいものですから、これをみんながやればいいのにと思っていました。「私が読んだ本と同じ本を、私が読んだのと同じ順番で40冊くらい読む」という解決策です。

実際トライしてみると、「自分、活字読まないんで」と突き返されました。この計画はいきなり挫折しました(笑)。

じゃあ、本を読まなくても、40冊の本を読んだ人がとる行動と同じ行動が再現できる仕組みを作ればいい、と考えました。ラジオ体操の仕組みや、世界のジンクスの研究など、人がつい自発的に行動したくなる仕組みを練っていくうちに「いいことをしたら押せるスタンプカード」を思いつきました。そこから、最初はヘブンズチケットみたいなものを思いつきました。そのアイデアを知人に話していたところ、「配るより、売る仕組みを考えたほうが遠くの人にまで届く」と言われ、試行錯誤を経てヘブンズパスポートになったわけです。

――デビッド・パッカーフィールドさんから学んだ「仕組み」。それを、身近な方の夢をかなえることができるツールに応用して、ヘブンズパスポートが生まれたわけですね。
その後、ヘブンズパスポートは「願いがかなうパスポート」というクチコミが発生してきました。これは、自分の夢を応援してくれる仲間が現実的にできるツールなんです。自分が宣言をして、いいことをしていけば、みんながその夢を全力でサポートしてくれる。でも、嫌われている人は全力で邪魔される(笑)。そんなことが分かってきました。まさに、仕組み化したものと言えます。

ですが、ヘブンズパスポートで越えられなかった壁がありました。3か月たったら終わってしまうということでした。3か月あれば100枚シールが張れて、願いがかなってプロジェクトは終わる。ヘブンズパスポートの第2弾を作らないかという声もかかりましたが、「毎年新作をつくらないといけない」ことがわかり、お断りしました。自分が死んでも、どんどん進化していく仕組みをイメージしていたからです。「生きテク」は私がいなくても、生きるテクニックが蓄積され、今日も、私がこうして話している時間も、24時間眠ることなく、勝手にシステムが誰かを勇気づけています。そして日々、進化していきます。

生きテク ――生きるテクニックが蓄積されていく「生きテク」について、詳しくお話いただけますか?
日本全体のGDPは55兆円と言われており、1人当たり300万円?400万円となります。しかし、自殺者によるGDPは1兆円を突破しており、自殺者1人当たりのGDPは、なんと3,000万円くらいです。自殺者は非常に優秀で責任感があり、決断力・行動力があり、完璧主義者が多い。経済的ポテンシャルの高い人も多いんです。相談できない性質があり、死の事前に誰にも相談していないケースが多い。何かつまづくと「自殺の方法」に辿りつき、たくさんある中から自分に合った方法が見つかってしまうんです。もともと優秀な人たちなので、日本での「1回めの自殺の成功率」は90%と非常に高い。欧米は40%程度だといわれています。みんな、「自分に最適な」死ぬテクニックを選択しているんです。

とある調査結果で、ウィーンの地下鉄自殺者数が1年で、4分の1になったことがありました。なぜかというと、規制によってメディアが自殺の報道をしなくなったからです。生きる/死ぬという大事なことですら、メディアによってディレクションされてしまっている現実があるんです。例えば、テレビをつけたらビールのCMが放映されて、さっきまで飲みたいと思っていなかったのにいきなり飲みたくなってしまう。私は逆に、メディアを利用して「自殺」だけでなく、問題解決の選択肢はたくさんありますよということをやってみたかったんです。

――メディアによって自殺が生まれているのであれば、メディアによって自殺も防げるということですね。では、その生きるテクニックとは、どのようなものですか?
現在、年間3万2千人もの自殺者がいます。仮説ですが、自殺の機会は10倍あると考えられます。つまり、「自殺しようと思ったけど、生きることを選択した」人が沢山いるわけで、生きるテクが管理されず大量に流出してしまっているということなんです。しかし、今までは、自殺した人数ばかりに注意が向けられていた。

実際、人と話すとたくさんの「生きテク」を得ることができます。例えば、10人くらいで話していると、そのうちの3人くらいは生きテクを持っているんです。「自分も前に死のうと思ったけど、あの時○○という本に出会って死ぬのをやめた!」とか、「自分はこんな○○島に移住して自殺をやめた」とか。分類すると8種類(文芸系・身体系・法律制度系・アカデミック系・出会い系・場所系・時間系・働く系)になります。借金やいじめなど、ひとつの問題に対して8種類の解決策がある。厚生省が出している悩み・死因の分類が8種類なので、64パターンの解決策の枠がある。このような「問題解決の分類とタスク」を発掘していくにつれて、「誤解で自殺している人があまりに多いのでは?」と思うようにもなりました。「生きテク」を知っていれば、助かったかもしれないのに。もう、自殺のテクニックはたくさんです。これからは、問題解決テクニック、生きていくテクニックを知ってほしい。

でも、この「生きテク」認知を広げていくためには、メディアにかなり取り上げられなければならない。「こんなサイトができました!」というのはあまりに地味なのでニュースにならない。取り上げられるには、刺激がないと話題にならず、メディアは取り上げてくれない。では、テロとかゲリラがいいのでは?と思い、メディア向け話題づくりのための「ポジテロリスト」をやろうということで、「すれ違うと死ぬ気がなえるTシャツ」を100種類作り、着て歩いたり、新橋駅で渋谷ギャルが自殺した父に向けて書いた「天国のお父さんへの手紙」を配るキャンペーンも行いました。メディアに取り上げられ、知ってもらってなんぼなので、絵になるようなものがいいと。実際、新聞やテレビなどにかなり取り上げて頂き、「生きテク」の認知度が圧倒的に高まってきました。

ポジテロリスト ――なるほど!すごい!ヘブンズパスポートがメディアに取り上げられたように、オキタさんはメディアを上手に活用していらっしゃるんですね。
ウェブ上にはたくさんの自殺の方法がありますが、自殺サイトに対して削除要請はできても削除するかどうかは管理者にゆだねられています。オキタ的社会課題解決アプローチは、悪を規制したり罰したりするというより、となりにポジティブな土地を創り「こっちの方が楽しいよ」と誘導し、自然と悪の土地が衰退していくというアプローチが好きなんです。デビッド・カッパーフィールドが、楽しいマジックの練習をやることで気がついたら苦しいリハビリが終了していたというアプローチをとったように、みんなが「やりたい」と思えるようにすればいいんです。

――これまで「生きテク」が生み出してきた成果はありますか。また、どのようにしてそれを測定していますか?
「生きテク」の各ページの下部には、「生きてみる」ボタンを設置しています。これは、「生きテク」を読んで「さっきまで死のうと思っていたけど、死ぬのをやめよう」と思った人が押すボタンです。2007年12月31日以降からカウントを始めて、今では7,000人を超えた人が「死ぬのをやめた」と報告しています。この数を将来的には、月間2万5千人(年間30万人=厚生省が出している一年間の自殺の機会の数と同じ)までに増やし、数値上自殺の機会をゼロにし、短期間で年間自殺者数を3分の1にすることが目的です。

――最後に、「生きテク」は今後、どのように展開されていきますか?
「生きテク」は続けていくビジネスモデルがまだありません。だから今は企業のブランド化という高給バイトをやりながら(笑)その収益で運営しています。「生きテク」はこれからまだまだお金がかかりますし、人も必要です。何か社会的課題を解決したいという人がいれば、ぜひ参加してほしいと思っています。

――ありがとうございました!

参考サイト

生きテク


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