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2006年11月26日
イスラエルの占領下で暮らすパレスチナ人は、生命の安全、移動の自由、経済活動の自由、医療・教育へのアクセスが奪われ、困難な生活を強いられています。日本国際ボランティアセンター(以下JVC)は、こうした現実を改善するため1992年からパレスチナでの支援活動を続けてきました。現在は、ガザ地区では子どもの栄養改善プロジェクトを、ベツレヘムの難民キャンプでは子どもたちの支援と貧困家庭の収入創出プロジェクトを行っています。この他にも活動がありますが、今回の訪問ではベツレヘムの難民キャンプでJVCが行う、貧困家庭のための収入創出プロジェクトの様子を視察しました。(取材:関根 健次)

イスラエルからパレスチナ自治区に行くには、必ずイスラエルが管理する検問所を通過しなければなりません。イスラエル・パレスチナ情勢をご存知ない方には理解しにくいこととは思いますが、パレスチナは現在もイスラエルの占領下にあり、パレスチナ自治区(西岸地区及びガザ地区)への訪問及び自治区内の移動は、イスラエルにより厳しく制限されています。至る所に検問所があり、ID検査、荷物検査が行われています。検問所には大抵銃を持った兵士が警備しているため、通過時は少々緊張してしまいます。時間や場所によってはかなり待たされることもあるので通過にはある程度時間がかかる覚悟が必要です。
JVCが支援活動を行うベイトジブリン難民キャンプは、パレスチナ自治区内にありますので、やはり検問所を通過しなければなりません。訪問日の早朝、JVCパレスチナ担当の藤屋リカさん、小林和香子さんご両名とエルサレムのバス停で待ち合わせ、ベイトジブリン難民キャンプがあるベツレヘムへ向けて出発しました。キャンプまでは距離にして10km程度ですから大した距離ではありませんが、検問を通過するために1時間ぐらい時間がかかりました。
ベツレヘムには車で進入することが出来ません。そのため、検問所でバスを降りることになりました。検問所は、徒歩で通過し、ベツレヘム側に行ったらタクシーに乗り換えることになります。滞在中いくつもの検問を通過して来ましたが、ベツレヘムの検問所はターミナル型で比較的大きなものでした。ここ数年でこういった規模の検問所の建設が次々と進められているようです。1人ずつIDチェックと手荷物検査があるのですが、出入りする通行人を検査する検査官がたった一人しかいなかったため、順番待ちで少々待たされました。すごく混んでいる時でも1人しか検査官がいない時が多いそうで、長時間ここで足止めを食らうことが多々あるそうです。ここを毎日通過しなければならない現地の人は、さぞ大変でしょう。
検問を無事通過し、イスラエルが自国民の安全のために建設していると主張する、高さ最大8mの「分離壁」を越え、しばらく壁沿いに歩くとようやくタクシーが待っている道路に出られます。ここからタクシーに乗り込んでしまえばベイトジブリン難民キャンプまでは5分程度で到着します。
(映像説明)検問を通過後、分離壁沿いに道路まで出る様子
ベイトジブリン難民キャンプの入り口辺りでタクシーを降りましたが「えっ?ここが難民キャンプ?」という感じでした。一見、どこにでもある町並みで、入り口を見ただけではここが難民キャンプだと誰も気づかないのではないかと思います。
難民キャンプといってもここに住む人たちがテント生活しているかというとそうではなく、現在はコンクリート製のしっかりとした建物に住んでいます。そもそもは1948年の第一次中東戦争の際、ベイトジブリン村を追われたパレスチナ人が移り住んで来たことがこの難民キャンプの始まりだそうですが、以来60年ほどの時間が経過しても故郷に戻ることが出来ずにここで難民2世、3世が生まれそのまま定住しているというのが実情だそうです。
この難民キャンプと他の場所との違いとして気づくのは、道幅が極端に狭いことです。どこも大人2人がやっとすれ違うことが出来るような狭い路地だらけなのです。理由を聞くと、かつて難民として移り住んで来た際、各家庭に割り当てられた10メートル四方の土地の上に、そのままコンクリートの建物を建てたからとのことでした。
このように土地が限られているベイトジブリン難民キャンプでは、子どもたちが安心して外で遊べる公園や広場が一つもないそうです。そこで、1999年の終わりに難民キャンプの人々の手で、子どもたちの精神的ストレスの解放と、学校中退を防ぐ目的で「ベイトジブリン・ハンダラ文化センター」という施設が創られました。紛争・占領・貧困の影響により、将来に希望を見出せない、ストレスに悩まされる子どもたちが多くいるとのことで、そういった子どもたちのために音楽やダンスなどによる自己表現の機会や、不登校になってしまった子どもたちを対象にした補習授業などを行っているとのことです。施設の利用費用はセンターが始まった当初は月5シェケル(1シェケル=約30円)だったそうですが、現在は経済状況悪化等により、この金額を払うことが出来なくなった家庭が多くなり、無料としているそうです。やはり、他のパレスチナ自治区と同様ここでも失業率が高いそうです。
JVCは2000年からこのセンターの支援を開始し、センター内に図書館を作ることや、ボランティアを派遣するなどの活動を行ってきました。2002年には、JVCの支援によりセンターの1階部分が建て替えられ、その後は、他の国際協力NGOの支援が入り、2004年には2階、3階、屋上部分が完成し、2006年には4階部分の増築が完了しました。
現在では、働く女性のための保育室、コンピュータールーム、図書館、学校の補習授業を行うための教室、ダンスなどを行う多目的室があるなど、子どものみならず、地域の住民にとっても欠かせない場所となっているようでした。
さまざまな活動が行われておりますが、JVCは現在、子どもたちのサマープログラムへの支援とセンターの女性グループ(主婦が対象)への支援を行っています。今回は、JVCが2003年夏に立ち上げた女性グループのための収入向上プロジェクトの様子を取材しました。
(映像説明)ハンダラ文化センターで遊ぶ子どもたち
JVCは2003年夏に、ベイトジブリン難民キャンプに住む現金収入が少なく貧困に苦しむ家庭のための収入創出プロジェクトとして、女性による刺繍プロジェクトを立ち上げました。このプロジェクトはハンダラ文化センターの女性グループとして立ち上がり、難民キャンプ出身者が代表を務めています。
刺繍プロジェクトで作っている刺繍製品には、バッグ、財布、ブックカバーなどがあり、どれもパレスチナの伝統的なデザインがあしらわれています。JVCは、これらの刺繍製品の試作品開発から関わってきたとのことです。2004年からは出来上がった製品を買い取り、日本での販売を開始しております。なお、JVCはこのプロジェクトの運営のための寄付はしていないそうで、あくまでも商品開発のアドバイスや、商品を買い取るかたちでの支援をしているとのことでした。
女性グループには15名のメンバーがおり、平均して1ヶ月に400シェケル(1シェケル=30円程度)の収入になっているそうです。訪問当時は高い失業率に加え、パレスチナ自治政府の財政悪化により3月以降、公務員に対しての給与が支払われていない状況で、この刺繍プロジェクトで得る収入が唯一の現金収入という家庭も少なくないようでした。
また、このプロジェクトは確実に家庭の収入向上に役立つため、多くの参加希望者がいるとのことですが、メンバーを増やしてしまうと各参加者の収入を押し下げてしまうことになるため、現在はメンバーを増やさない方針とのことです。当然ながら、このプロジェクトの売り上げが軌道に乗れば、増やして行く考えとのことでした。
刺繍商品は、パレスチナ内では販売しておらず、すべて外国向けとのことでした。人も物も移動が制限されている占領下ですから輸出作業が大変なのではないかと思いましたが、やはりパレスチナから直接輸出することは出来ないそうで、そとに出すには一旦イスラエルに運び、そこから輸出手続をしなければならないとのことでした。JVCが日本向けに買い付けている商品をどうしているかというと、JVCスタッフが日本に帰国する際に手荷物として運んでいるとのことでした。実際、難民キャンプからエルサレムに戻る際、運ぶのを手伝いましたがなかなか大変です。難民キャンプの貧困家庭の収入創出を実現するには、文字通り汗水流す努力がありました。
意外なことに刺繍には、DMCというフランスのブランドの刺繍糸を使用しているとのことでした。近郊のヘブロンという町の問屋から仕入れているとのことでしたが、どのように外国の商品の仕入れが行われているのか興味を持ちました。占領地から外国の商品を仕入れることは、そう簡単ではないのではないかと思いました。JVCのお2人にお願いして、この問屋を訪問しました。
問屋に行ってみると、そこは工場でした。元々は別途ベットシーツなど様々な綿製品を生産していたそうですが、現在では安い中国製品が市場に入って来たため採算が合わなくなり、商売のほとんどを輸入販売業に切り替えたそうです。ヘブロンの町を歩くと、確かに中国製の商品が溢れており、地元で生産されたものを探す方が大変なほどでした。
刺繍糸については現在フランスと中国から仕入れているとのことでしたが、やはり直接輸入手続きを行うことが出来ないため、トルコやイスラエルの業者から仕入れているという事情がありました。途中、検問所があるため、商品がいつ届くか分からないといった不便はあるものの、外国から仕入れること自体に問題はないようでした。
なお、仕入れた商品をガザ地区にも送ることがあるそうですが、検問所が開かず、到着までに2ヶ月かかったこともあるそうです。このような状況で商売を続けるのは大変ではないかと聞くと、「そりゃあ大変だけど、祖父の代から続けてきた商売だからどんな問題があっても続けていきますよ」と笑顔で答えてくれました。
問屋での取材を終え、女性グループが集まるというので再びベイトジブリン難民キャンプに戻りました。定期的ではないそうですが、月に1回程度集まり、刺繍プロジェクトについての打ち合わせを行っているそうです。
ここでは女性たちの元気一杯の様子には大変驚かされました。多くは夫が失業中、長期間給与が支払われていなどの問題を抱えているのに、どこからその元気が沸いてくるのか不思議なほど、皆さんが力に満ちていました。貧しくても支えあう文化があるからなのかもしれません。
集まりの後、女性たちが作った刺繍製品の検品作業をJVCのスタッフ、女性グループのリーダーなどで行いましたが、作り手によりまだ質にばらつきがあるようで、デザインが違う、仕上げが雑などと、かなりの時間をかけて確認作業を行っていました。
(映像説明)女性メンバーに語りかける、JVCの小林和香子さん。
(映像説明)検品作業を行う様子。
その後、女性グループのメンバーの一人をインタビューさせていただく機会を頂きました。その女性の夫は勤めているにもかかわらず9ヶ月間給与が出ていないとのことでした。そのため刺繍プロジェクトで得られる収入が家族を支える唯一の収入となっているそうです。毎月12個の刺繍製品を作っており、平均して400シェケル(約12,000円)の収入を得ているとのことでした。夫の収入が、月1500シェケル(約45,000円)とのことですので、3分の1程度の収入ですが、それでも大変助かっているとのことでした。
刺繍プロジェクトについてどう思うか聞くと、収入が得られることに大変満足しているとのことでした。要望を聞くと、家計のため、もっと注文が欲しいということでした。
丸1日、行動を共にさせて頂き、印象的だったのは、JVCのスタッフのお2人がとても明るかったことです。パレスチナの人たちが生きている世界の現実を知れば知るほど落胆してしまいがちですが、現地に住み、誰よりもそういった現実を知っているお2人がこんなに明るいことが何だか不思議でした。それは、彼女たち以上に明るいパレスチナの女性たちと触れ合っているからなのかもしれません。
支援活動については、JVCの特徴なのかもしれませんが、現地の人たちにお金を渡し、「援助している」という内容ではなく、現地の人と一緒に汗水流しながらそっと「支える」活動という印象を受けました。自らがすべてをやるのではなく、あくまでも主体的に活動する現地の人たちをさりげなく支える姿勢には、NGO活動の原点を見た気がします。
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