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チェルノブイリ、知ってますか?

テーマ: 環境

 1986年、旧ソ連で起こったチェルノブイリ原発事故。この事故により、広島原爆の300倍とも500倍とも言われる放射能が大気中に放出されました。最大の被災国となったベラルーシ共和国では、何十万という人々が強制移住を余儀なくさせられ、ゴーストタウンとなったいくつもの村々が地図上から名前を消しました。現在も水や大地は汚染されたままで、立ち入り禁止の地域が多くあります。特に事故当時の子どもたちのあいだでは、大量に降り注いだ放射能の影響によって甲状腺ガンが急増しており、20年以上を経た今でも、チェルノブイリの爪痕に苦しむ人々が多くいます。

 1986年4月26日未明、当時ソ連だったウクライナ北部にあるチェルノブイリ原子力発電所4号炉が、出力調整実験中に暴走、爆発。広島原爆の数百倍もの放射能が大気中に放出され、遠く日本でも野菜や母乳などから検出されました。チェルノブイリは、史上最悪の原発事故となりました。

 この事故による最大の被爆国は、ウクライナの北、ロシアの西に隣接するベラルーシ共和国。人口は日本のおよそ13分の1、面積は日本の半分強の国土には、いくつもの手つかずの森と湖があり、道の両脇には白樺の並木道がどこまでも続いています。そんなベラルーシの大地に、事故で放出された放射能の約70%が降り注ぎ、国土の3分の2が高濃度から低濃度の汚染地となりました。事故後、ベラルーシでは先天異常や白血病など様々な健康被害に関する情報が伝えられましたが、中でも小児甲状腺ガンの増加は顕著でした。当初、IAEA(国際原子力機関)は事故と小児甲状腺ガンとの因果関係について無視していましたが、それを撤回しなければならないほど事態は深刻なものでした。


 経済的、社会的に多くの問題を抱えるベラルーシでは、十分な医療設備、技術が整っておらず、甲状腺ガンの発見が遅れ、肺などに転移して命を落とすケースも少なくありません。運良く早期に発見されたとしても、その摘出手術はあまりにも大雑把なもので、喉には大きな傷跡が残り、声帯を傷つけられ声を失うこともあります。さらに、甲状腺を摘出した患者は、その後、残る人生の間ずっとホルモン剤を摂取しなければなりませんが、自給自足に近い暮らしをする人々にとって1箱3〜5ドルのホルモン剤の経済的負担は軽くなく、実際には摂取していない人も多くいます。



 チェルノブイリ支援運動・九州は、ベラルーシにおける「甲状腺ガンの早期診断・治療システム」の確立を目指して、ベラルーシへの医薬品・医療機器の継続的な支援、日本の専門家を派遣しての甲状腺ガン検診の実施、現地医師の人材育成、知識や情報の伝達・共有のための医学シンポジウムの開催などの支援活動に取り組んでいます。

記事 by チェルノブイリ支援運動・九州 2006年8月掲載

チェルノブイリ原発事故の被害にあった人々の支援のために、医療援助活動を行い、被災者に対する物質的・精神的支援を行うことを目的として活動しています。



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