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神々のおわしまする大地 ギアナ高地(写真・文:桃井和馬)

写真2梅雨時の、身体にからみつく、カビ臭くてどんよりと重い湿気ではない。多様で、躍動感を感じさせる木々、そんな木々が寄り添って形作られた森、さまざまな命を宿す濃厚な熱帯雨林特有の匂いを、湿り気を帯びたその風は宿していた。南米6カ国にまたがるようにして広がる太古の大地=ギアナ高地の風・・・。

ここは今からおよそ2億5千万年前に存在した幻の大陸「ゴンドワナ」の中心地と考えられている場所だ。ゴンドワナ大陸は、地球の地殻構造に沿い、分裂・移動し、現在の南米、アフリカ、南極、インド、オーストラリアなどを形成した。そしてギアナ高地は、その中心であったため、比較的移動も少なく、原始の地質が残り、特有の植生が育ったと考えられている。

旅の目的。それは原生が息づくギアナの大地で、地球の姿に触れること。地球のささやきを身体全体でしっかり受け止めること。ささやくのは風であり、水であり、木々であり、虫や動物、植物に微生物たち。生きとし生けるすべてのものが、この土地では力強い「生命」に彩られていた。

南米にある「奇妙な形の山」をはじめて知ったのは小学生の時だ。名探偵シャーロックホームズの生みの親として有名なコナン・ドイルの小説「失われた世界」を読んだからだった。正確を期すならば、当時は、恐竜や翼竜がテーブル・マウンテンの上で暴れ回るその小説を、「空想」と割り切り、安心して心を躍らせていたのである。

英語ではテーブル・マウンテン、地元の言葉では「ティプイ」と呼ばれる大地から垂直に切り立つ山々。出会った地元民たちはみな「ティプイは精霊の家だ」と口をそろえた。確かに朝もやの中に浮かび上がるティプイは、その独特の形が妖艶で、見続けていると、人間の想像を超えた「力」が宿っているようにも感じられる。それだけでなく、ドイルの小説で描かれるような恐竜や翼竜くらいなら、いても不思議ではないような気持ちにもさせてくれる迫力がある。

ギアナ高地には、こうしたティプイが100以上も点在している。驚くべきは、それぞれの山によって、山頂の植生や、生物種が異なっている事実だ。下界から隔絶された2千bを越える平らな山頂で、それぞれの生き物が、独自の進化を遂げてきたからだ。最近も、ひとつのティプイで、新種のコウモリが2種類発見されたという。

そんなティプイの中で一番美しいとされているのが、アウヤン・ティプイで、この山の山頂から流れ出ているのが、世界一の落差を誇る「エンジェル・フォール(979m)」なのだ。

アウヤン・ティプイを目にするためには、起点となるカナイマという小さな村から、高速ボートでおよそ4時間、茶色く濁った川を遡らなくてはならない。注意したいのは、この川の色が、土砂などによるものではなく、熱帯の植物から染み出した「タンニン」だということ。一見茶色の水も、手ですくってみると、混じりモノなどはなく無色透明。口に含むと、甘い。それも人工的な甘さではなく、水に溶けた植物成分が元になっているためか、上品で、柔らかい酸性の水は、ほんのりと甘い。

激しく揺れ続ける高速ボートの上にいると、濃厚な森の匂いを孕んだ風に、髪の毛が舞い、森の恵みから染み出した甘い水飛沫が、口の中に飛び込んでくる。都会生活でゆるみきった己の肉体が、再び呼吸し始めたことを感じる。細胞のひとつひとつがフツフツと音をたてて跳ね始めるのがわかる。森の中で少しずつ研ぎ澄まされてゆく五感。大地と対峙することで取り戻したかったのは、この感覚なのだ。

遡上の過程で文字通り真っ赤に染まった川の流れを見た。タンニンを豊富に含んだ酸性の水に、熱帯の強烈な太陽が降り注いだからだ。それはまるで、血の流れのように見えた。それはまるで地球の血管のようも見えた。ならば何故、今、地球各所で川は澱み、水は輝きを失ってしまったのか・・・。

ボートを止め、森を歩く。木の幹には、まるで抽象画のような地衣類がへばりついていた。藻と菌が互いに助け合い、形作るひとつの命。地衣類という種は、藻だけでも、菌だけでも成立しない。だが、藻と菌が互いに助け合うことで、はじめて地衣類という「ひとつの命」として息づくことができるという。森の中では、いたるところで「不思議な命の物語」が息づいている。

足下で「葉切りアリ」が列を成していた。薄茶色のアリが、一円玉半分ほどの大きさに切り取った葉を、列を成して運ぶ光景。数センチの距離から撮影をつづけても、頭上の巨大なレンズと、巨大な人間の顔などまったく恐れもせず、アリたちは、ただただ黙々と葉を運び続ける。巣穴に運び入れた葉は、地中で育てている菌類の養分にするのだとういう。アリたちは、菌類を育て、それを食糧にするのだ。つまり、農業に勤しんでいるのである。農業が人間だけに許された「特権」でないことを、葉切りアリを通して知る。

人間ひとりの身体の中には、一億以上の細菌が住んでいるという。つまり「異なる一億の生命が集まることで、はじめてひとりの人間が形作られている」と考えることができる。同様に、熱帯雨林では、人間の目で確認できるもの、できないものを含め、無数の生物が息づき、集まることで、躍動感のある「森の命」を形成している。そして、それらをつないでいるのが、そよぐ風であり、流れる川であり、大地なのだ。

地球は、決して、人間だけのものではない。目に見える動物や虫、植物、見えにくい菌類をはじめとした微生物などが、互いにつながり、連なることで、地球という生命体を形作っている。ギアナ高地で確かめたかったのは、地球上で数十億年、連綿と続けられたこの神秘の物語なのだ。

アウヤン・ティプイの麓に立った。目の前で刻一刻と表情を変えながら舞い続けるエンジェルの滝。降り注いだ雨が平らな山頂で流れを作り、およそ2500メートルの地平から、ひと筋の滝となって流れ落ちる。水は、岩肌を撫で、風と交わるうちに霧状に散る。妖艶な出で立ちの天女(エンジェル)が、目の前で白色の羽衣をはためかせているようにも、それは見えた。

今、何が大切で、何が大切でないのか? 手つかずの地球原風景が残る場所、ギアナ高地に立つと、その問いの答えが、自然と導き出される。

桃井和馬
(Kazuma Momoi)

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1962年生まれ。フォト・ジャーナリスト。
これまで世界130カ国を「紛争」「地球環境」などの切り口に取材を続けている。2004年10月より、地球環境を映像として残すプロジェクト「G- Odyssey」をスタート。

第32回太陽賞受賞。JVJA(日本ビジュアル・ジャーナリスト協会)会員。

著書に「ペルー燃ゆ」「青い緑の星」「世紀末地球オデッセイ」「辺境からの Eメール」「希望へ!」「もう、死なせない! 子どもたちの生きる権利」「観光コースでない アフリカ大陸西海岸」「破壊される大地」などがある。

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